第三症 霊薬少女に、洗礼の儀式 その3



 

「なー、公家方君とばっか喋んなよぉ〜」

前の席の夏川さんが、もう我慢できないと言わんばかりに振り向いた。
彼女の黄金色したロングヘアがさらりと揺れる。
額に留められた雪だるまの髪留めが髪色とのギャップでやたら可愛い。
さっき先生に呼ばれていた夏川 玲花なつかわれいか」さん────だったか。
教壇の上から見た彼女は『姉御!』って感じだったが、こうして傍で見る彼女はどちらかというと『美人な従姉妹のおねーさん』みたいな印象である。

目つきこそややおっかないが、それは彼女の芯の強さゆえの眼力であって根はすごく良い人なのだろう。(多分)

「ごめんなさい夏川さん……だったよね。あたし木津神です。
分からないことだらけなんで、よろしくお願いします」
「へへ……こちらこそよろしくね。ほれ」
夏川さんが、すっ…と右手を差し出した。
いきなり友好の握手とは気が利いている。

あたしは笑顔で応える。

「ええ。こちらこそよろしく!」
「む……ちょっと待つぞ」
夏川さんの右手に応えて、手を差し出すあたしを公家方君が焦った声で制止しようとした。

「不用意に夏川と握手なんかしたら……!」

「え?」
彼女はニヤリと口元を歪める。
「甘いなぁ転入生。さっき公家方君にやられた・・・・ばっかだろぉ?」
あたしが手を引っ込めるより先に夏川さんは手を伸ばしてあたしの右手をグイッ!と奪うように掴んだ。

「遅いぜ。ほれ」

ぎゅぅぅぅぅぅっ!

「いぃぃっ!」
握られた瞬間に全てを悟った。
しまった!
この握手も『洗礼』だ。

シュァァァァァァァァっ……!

あたしの右手に彼女の副症状が集中する。
夏川さんは冷酷な視線で、あたしの瞳を見つめ挑戦する意志を投げつけてくる。
その目は語る────『さあ、どうする?』と。

(くはっ……! どうするもこうするも、ここはっ!)

傍目から見れば、初対面の女子同士が仲睦まじく握手している図だろう。
だが、その水面下では互いに譲れない奇病と根性の戦いが繰り広げられている。

あたしに出来ることはただ一つ。
脳から脊髄を経由して、右肩、右腕に流す赤く熱いイメージ。

そして、ド根性ぉぉおおおおおおっ!

────二分ほども繋いでいただろうか。

あたしたちの『握手』はどちらからともなくほどけた。
「へえ! これが白魔法か。すっげえな!」

「あら。あたしのこと、もしかして知ってるの?」

「そりゃみんな知ってるぜ。あとで聞いてみな。『白魔道士』の白魔法の話でこの一週間持ちきりだったからさ」
「マジか。あたしは白医術セクメタリーって呼んでるけどね」
握手の終わった手を離す。
「ふう……これが貴女の『奇病』なのね。
驚いたわ……指が全部イカれるかと思っちゃった」

あたしはぷらぷらと右手をぐーぱーしながら、左手で指が無事かを確かめる。
「やるじゃん」
満足気な夏川さんはその仕草を見ながら腕組みをした。

「わたしの握手を真っ向から握り返したの公家方君以来だよ」

「そりゃどーも、光栄よ」

「へへへっ、改めてわたしは夏川 玲花。玲花って呼びすてにしてくれていいよっ」
「あたしも瑞月でいいわ。
で、あなたの『洗礼』は合格ってことでいいのかしら?」

夏川さん、いや玲花は悪戯っぽく笑うと

「洗礼とか意味わかんないけど、まぁそうだな………超絶合格ってことにしといてあげんよ」
「ふぅ、よかったぞ」

その言葉を聞いて、あたし以上に公家方君が胸を撫で下ろす。
お前はどの立場のつもりだ、ぬりかべ。

「ありがと玲花。でもいつもこんなのやってるの? 下手したら手が一生使い物にならなくなるレベルよ」
玲花は『はふー』と息を吐き出して「わかってねぇなあ」と言わんばかりに両手を広げた。
「普通ならここまでやるわけないじゃん。でも転入生が世間を騒がせた白魔道士なら一体どれぐらいヤレんのか試してみたかったのさ」

勘弁しておくれよ。

挨拶代わりとかで片手を一生もんレベルで壊されたら洒落にもならない。

しかし、あたしのそんな感情を知ってか知らずか。玲花はさも愉快そうにあたしの背中をバンバン叩く。

「ま! このクラスで何か困ったことがあれば言いなね。わたしが何とかしてやっからさ!」
「期待してるわ。玲花」
「一時はどうなることかと思ったぞ。ほどほどにしとけよ夏川」
「へいへーい」

「はーい。静かにー」
パンパンと高峯先生が手を叩く。
どうやら出席を取り終わったらしい。
「では朝のホームルームは以上。一時限目は化学の移動教室ですので、みんな速やかに移動すること。介助がいる人は周りの人に声を掛けてね」

移動教室か。それ以前にあたし教科書もまだ揃ってないのだが。

「はい。他に何かみんなに報告したいことがある人〜?」
まあ、お決まりの誰も手を挙げないヤツである。

────と、思ったら教室の端。

入口付近で小さな手が上がるのが見えた。
「はい。じゃあ三瞳さん」
カラフルなニット帽がぴょこりと起き上がった。

そう、ついさっき助けてもらったばかりの三瞳さんだ。
こんなホームルームで彼女みたいな人が何事を話すのか。

興味津々のあたしの耳に飛び込んできたのは、ただ一言だった。

「火が」

ざわりっ!

三瞳さんは特に抑揚なく、そして誰に言うでもなく、しかし強くそう言った。

明らかに教室の雰囲気が変わる。
三瞳さんは続ける。

「教室に飛び込んでくる」

笑う者はいない。
高峯先生の表情に緊張が走る。神妙な面持ちで尋ねる。

「────三瞳さん、それはいつ!?」

少し考えた後、三瞳さんは言った。

 

「七秒後」

 

 



いつもあなたのおそばにクェン酸

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