第二症 霊薬少女は、教室で惑う その2



 

白いブラウスの女性が前を行く。

そして肩越しに話しかけてきた。

「木津神さん、こんな時期に転入になっちゃって大変でしたね。手続きも急だったし忙しかったでしょう?」
「いえいえー、そんな大変ではなかったですよー(あたしは)」

転入の手続きに関しては丸っぽクロヤギさん任せである。
もちろん、制服も事前に入手済み。
多少の心配はあったもののすべて杞憂だったようだ。
職員室と学生課の窓口に少しばかり顔を出すと、あたしのクラスの担任だという高峯先生が案内してくれた。

歳は三十代の前半ぐらいだろうか。背丈こそ小さいがキビキビとして優しそうな眼鏡をかけたショートヘアの女性である。彼女に連れられて、教室に案内がてら学内を紹介された。
体育館、学生食堂、そして中等部の学舎をまわり、あたしの教室があるという高等部棟の三階をのんびりと歩く。
校舎の中は思ったよりも普通の学校だった。
奇病の罹患者が数多く在籍すると資料にあったから、もっとバリアフリー全開の構造を想像していたが一般的な介護修学施設を上回るレベルではない。

もちろん、階段のスロープや間口の広さなど至るところに配慮は見られるが健常者にそれを押しつけてくる圧のようなものも感じられない。
「思ってたよりも、校内は『介護します!』って感じではないんですね」
眼鏡のズレを直しつつ、高峯先生はクスっと笑う。
「うん、そうね。ウチの学長先生は『奇病・難病も個性の範疇である』というのがモットーなの。必要以上に生徒に寄り添うことも突き放すこともしないという主義の方なんですよ」

なるほど。

「あたしの立場から言うのもアレですが、そういう所にかなり理解のある学長先生ですね」
全て、ではないが難治性の奇病に罹患した患者が欲するのは、手厚い介護以上に自身の尊厳を確保できる環境である。奇病を患うとどうしても周りは腫れ物に触るかのように扱いがちだが、そいつは時として病気以上に治しようのない歪みを生む。

病は身体を蝕む。
しかし、それ以上に心を蝕む。

そのことを忘れてはいけない。
「木津神さんのおうちは診療所ですものね。やっぱりそういう所は気になる? 」
「気になる訳ではないですけど、やはり目にはつきますねー」

さて、クロヤギさんからの依頼を遂行するために、あたしが選んだのはベッタベタの王道『謎の美少女転入生』作戦である。
今回の依頼は、この学園のどこかにいるであろう災害級奇病『万魔殿症候群パンディミニア』の罹患者の治療。独自に調べようと軽く探ってはみたが何も分からなかった。
ならばド直球の正攻法でいくのが一番面倒がない。

こーゆーとこあんだよなー
クロヤギさんからの依頼。

金払いは良くて、必要経費なんかも割と気前よく出してくれるのに、なーんか情報だけは中途半端なんよね。なんか生活費だけ子供に渡して『じゃ、がんばって生きろ』とかほざく、どこぞの毒親に相通ずる所がある。
「ちなみに、あたしが編入させていただくクラスってどんなクラスなんですか」
「木津神さんが編入するのは私の担当する二年Ωオメガ組ですね。んー、そーですねー。どんなクラスか? まぁ端的に言うとぉ……」
あたしの何気ない問いに、高峯先生はアイスを頬張る幼女の笑顔で答えた。

「何が起こっても不思議じゃないクラスですね」



「ここです」
そう告げられて、顔を上げた視線の先に見えたプレートには『2年Ω組』と書かれていた。なるほど、ここで間違いは無さそうだ。見たところ教室自体も何の変哲もないよくある普通の教室である。強いて言えば、教室のドアがイメージしていたより少し大きいぐらいか。
「おぉぉー! ここですか。良い教室ですねー」
「そうでしょ。少なくとも二年生の間はここが木津神さんの勉強する教室になります」
「わっっかりました。では────」
輝かしい転入生ライフ、もとい「七億円」への一歩目を踏み出そうとドアに手を伸ばす。
すると、

がしっ!

高峯先生が笑顔を崩さぬまま、あたしの手首を鷲掴んだ。その背丈に似合わず凄い力だった。
あたしよりも若く見える幼女感満載の高峯先生だが、この握力、、振りほどけない。
「一言だけ────忠告です」
大きな丸眼鏡越しの視線は真剣そのものだ。

レンズ越しにこちらを見透かそうとする瞳に、あたしも視線がそらせない。

「彼らは、学生であり、タマゴであり、可能性の種。その彼らを無闇に貶め、踏みにじり、掘り返し、貴女の都合で傷つけるようなことがあれば────」
一刻前の優しい眼差しは瞬時にして消えていた。
代わりにあるのは「生徒を守る」という優しい殺気。

「────許しません、からね」

背筋に汗が流れ落ちる。
あたしはできるだけ自然に微笑み、手をパタパタさせ、
「安心してください。そんなことは絶っっっ対にありませんから」
と答えた。
「はい。信じてますね」
そして、高峯先生はにっこりと幼女のような微笑みを返してきたのだった。

怖っわぁ~~~~

こ、殺されるのかと思った。それぐらいの殺気。

依頼のためとは言え、この先生にむやみに逆らうのはやめておこう。
「では入りましょうか」
そう言われてあたしは高峯先生の後に続いて、元気よく教室の敷居を跨いだ。

「入りまーす」

次の瞬間、あたしの脊髄に『何か』が走った。

 

 

ざわわわわっっっ!

 

 

────今まで。
いや、これまでの人生であたしはけっこう色んな場面に遭遇してきた。それなりに多彩で種々の悪寒も修羅場も経験してきたつもりである。
その経験が告げる。

これはヤバい。
ケタ違いにヤバい。

「木津神さん、どうぞ入ってくださいね」

教室の中にはおよそ三十人ほどの生徒。

そのどれかはわからない。だがこんな悪寒は、かつて感じたことが無い。
彼らの視線があたしに集まる。

────奇異、興味、疑心、嫉み、無関心。

確信。

あたしの今回のターゲットである人物。
災害級奇病『万魔殿症候群パンディミニア』の罹患者は、この三十人ほどの中にいる

 



いつもあなたのおそばにクェン酸

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