第二症 霊薬少女は、教室で惑う その3



「はーい。みなさん席に着いてますね。少し変わった時期ではありますが、新しいクラスメイトを紹介しまーす」
悪寒越えて戦慄しまくってるあたしの前をスタスタ歩き、教壇に立つ高峯先生。

この圧を感じないのだろうか。
いや、そんなはずは無い。
慣れもあるだろうが、こうも平然と歩けるものなのか。

「こちらは木津神 瑞月さん。おうちのお仕事の関係で、皆さんと同い歳ながら奇病や難病の医療知識への造詣が深いとのことです。身構えずに仲良くしてくださいね」
いや、そんな紹介されて身構えない奴らがどこにいる。
「さ、瑞月さんどうぞ。教壇に上がって一言ご挨拶お願いします」
「は……はぁーい」
先刻までの威勢はどこへやら。
すっかり萎縮したあたしは教室中の視線を感じながら、おずおずと教壇に上がる。
意を決し、そして、顔を上げて目の前に飛び込んできた視界は、

ぶふぅぅうぅぅうううううっ!

想像はしていた。
想像はしていたけど超えていた。
それが『2年Ω組』のクラスメイトを見た率直な感想である。

「こ……木津神 瑞月です。皆さんよろしくお…お願いします」

あ、イカン。
自分でも究極に声が上擦ってるのが解る。
ちなみに言っておくと、あたしは支給されたマディア学園の制服を着ている。
ちょっとカジュアルなブレザー系の制服、胸元がややコケティッシュな気はするが悪くないデザインである。
男子の制服も同系統の然り。しかし着用は強制ではなく、生徒によっては私服や別の学校のものと思しき制服を着ている子も居る。

それを踏まえて簡単に、今あたしの視界にあるものを3つばかり言葉にしよう。

『水槽の中に鎮座している女生徒』
『ぬりかべのような男子生徒』
『教室中央に座る宇宙飛行士』である。

生徒は三十人ほど、他にも特徴的な生徒は多い。

────が、まずはこの三名の風貌が群を抜いている。
否が応にも視線を引きつけられてしまう。
教壇から向かって左、廊下側の最後列に座っている……と言っていいのか。そこに公衆の電話ボックスのような『水槽』が設置されている。
小学校の生き物係が世話するような水槽ではない。

当然この『水槽』の中に金魚はいない。代わりに制服を着た『人魚』が入っている。

ぴょい ぴょいぴょい!

あ、目が合った。
手ぇ振ってる。
貝殻モチーフのカチューシャとか付けててめっちゃくちゃ可愛いでやんの。
あたしの視線が『水槽』に注がれていることに気づいた高峯先生が紹介する。
「彼女は不死川姫那子しなずがわひなこさん。
先天性の双尾性人肺魚病そうびせいじんはいぎょびょうを患ってるの。水中からの方が酸素を取り込みやすいらしくて、彼女用のマイ水槽を持参してるわ」
マイ水槽の持ち込みなんて聞いたことはないが『人肺魚病』は聞いたことがある。

ヒトとしての体機能が著しく魚類のそれに近く生まれる『人肺魚病』という奇病。

昔話に出てくる人魚伝説にまつわるものの幾つかは、この『人肺魚病』の罹患者が話のモチーフではないかという学説もある。その中でも彼女は尾ヒレが二つに分かれている『双尾性』
症例の少ない『人肺魚病』の中でもさらにレアな症例なのだろう。その彼女をして、毎日どうやって登校してんの?という至極当然な疑問はおそらく無粋なのだろう。

「えーと、、木津神さんの席はどこがいいかしら」
高峯先生が頬に指を当てながら教室内を見回す。
彼女の視線に合わせて教室の最後方に目をやる。

そこには奇妙な矩形型の骨格をした男子生徒が、まさに大きな顔して鎮座していた。

その容姿はその昔『妖怪大百科』で見た超有名妖怪「ぬりかべ」そのもの。教室内の席と席の間はかなり余裕をもって配置されている。にもかかわらず、右隣にいる男子の肩に触れるほど肩(顔面?)が発達している。
「あ、そこがいいかな」
その、ぬりかべ君の左側、窓際の一番後ろの席は空席だ。
「じゃあ、木津神さんの席は窓際の最後列の席へ。わからないことがあれば隣の公家方くげかたと前の席の夏川なつかわさんに聞くといいわ。ふたりとも優しく教えてあげてね」
指さされたのは教室の最右奥の空席。
『ぬりかべ』君の隣の席のようである。

「では、木津神さん。自分の席へ着いて」
「はい」
チラリと席の方向を見る。
教室の後方で、ずぅぅぅぅぅん、とした巨躯の公家方君。

そして、あたしの席の前に頬杖ついて座る金髪の女生徒。ちょいと目つきの鋭い女子生徒は夏川さんと言うそうだ。
なかなか濃い席である。
あたしの学園生活、明日はどっちだ。
「はい。ではホームルームに入りましょうか。木津神さん座ってくださいね」
「あ、はーい」
足元に置いていたカバンを持とうとしたあたしは不意に先生と目が合った。
高峯先生の唇が動く。

「…………席まで気をつけてね」

ん?

こんな教室の中で「気をつける」要素なんてあるのか。
高峯先生なりのジョークだろうか。
あ、そうだろうな。しまった、と思いつつ教壇から降りる。
もっと上手い返しを考えるべきだったか。
なるほどなるほど、そーゆーことも口にする人なのね。

掠める後悔を眉間に浮かべながら席へと向かう。
すたすた、と窓際の列の生徒達に軽く会釈しながら、歩を進め………

不意に、景色が歪む。

「………え! えぇっ?」

いつの間にか。

 

────あたしは教室の外にいた。

 

 



いつもあなたのおそばにクェン酸

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