第四症 霊薬少女と、烈火の春風 その1
「みんな! 窓から離れてっ!」
高峯先生の金切り声。
誰も躊躇しない。
躊躇させない迫力があった。
窓際の生徒たちが教室の中央に一斉に寄る!
「頭を低く! 守れる子は動けない子を!」
高峯先生が教壇から飛び出し、生徒たちに駆け寄ろうとした瞬間。
窓の外の景色が一瞬にして真紅に染まった。
ごぅぁぁぁあっ!
どがしゃぁぁああああああああぁぁぁんっ!
ガラス窓が、爆音と共に弾けた。
『きゃぁあぁぁあぁあぁぁぁっ!』
『うわぁぁあぁあぁぁぁあぁっ!』
爆砕し、飛散する窓ガラスと瓦礫。
防炎カーテンが瞬時に激しく燃え盛る。煙と爆風が荒れ狂う。
飛び散るブロック片の幾つかが不死川さんの『水槽』に向かって飛ぶ────
ガキンッ ガィンッ ガキキィィィンッ!
弾丸のようなブロック片を弾き飛ばしたのは掃除用のモップ。
ちなみにそのモップを振るったのは────あたしである。
「やるじゃん! 瑞月!」
あたしの背後には玲花がいた。
おそらく同じ思考に至ったのだろう。
彼女もまた『とっさに動けないクラスメイト』の為に動いたのだ。
「居合いか、剣道か!? こんなの目の前で見たの初めてだぜ」
「一応、剣術よ。我流の護身用だけどね」
先生からの指示が出た瞬間。
生徒たちは何の躊躇いもなく即座に各々の行動に移った。それはつまり『情報の正確さ』を物語る。
背後にあった掃除用の用具箱から咄嗟に金属製のモップを取り出し、あたしが『水槽』の前に立てたのはひとえにクラス全員の動きがあったからこそである。
「公家方君! 大丈夫っ!?」
「………おう、大丈夫だぞ。みんなは………怪我ないか?」
大きな壁のような身体。
Ω組の生徒の大半をその背中で守ったのは公家方君だ。
例の『壁体性不可視阻害症』による『見えない壁』で爆ぜるガラスやブロック片の大半を教室外へ飛ばしたのだろう。
どうやら彼の視認できるものは生物・無生物関係なく可能らしい。
「ちょっと! 酷い火傷じゃない!」
しかし、炎による熱風はその限りではない。
背中側に負傷はない代わりに公家方君の身体の前面は重度の火傷を負っていた。
まともに熱波を浴びたであろう顔や腕、その他の素肌は真っ赤に腫れ上がっている。
そして、品の悪い声が響いた。
「おぉ、悪ぃ悪ぃ」
ガラっと瓦礫と化した窓から入ってくる。
「廊下じゃねートコから邪魔して悪ぃ。校舎が広くて、入口が何処かわかりやしねぇ」
吹き飛ばした窓際の机のひとつを蹴り飛ばす。
学生服を着ている所を見ると、おそらく同じ学生なのだろう。
胸元をはだけさせ、崩して着ているが、その学生服はマディア学園規定のそれとはデザインがまるで違う。
髪は燃えるような紅色で薄い琥珀色のラウンド型のサングラスをかけたその様はどう見たって友好的な関係を築ける人物には見えない。
「なぜこんなことをっ! あなたは誰です。名乗りなさい! こんな病力許しませんよ!」
さらりと『暴力』みたいにゆーな高峯先生。
怒り心頭の高峯先生は頬を煤で黒くした顔のまま勇ましく、サングラスの男子学生に詰め寄った。
「俺か? 俺ぁ、アレだ。火乃山 竜太朗ってんだ。ご覧の通り『後天性常態発火症』の奇病持ちだ。あんた先生か? ちっこいなぁ」
「背丈は関係ありません。私はこのクラスの担任です。火乃山君、今すぐここから出ていきなさい!」
臆することなく毅然とした態度をとる高峯先生。
その指はビシッと廊下を指差す。
「なんだぁ、その態度。答えてやったんだ。お前らも教えろよぉ」
ボボフゥッ!と火乃山と名乗った男子の右手に巨大な炎が燃え盛る。
凄まじい熱量、それはまさに業火と呼ぶに相応しい炎症反応。
そして火乃山 竜太朗はその業火に負けず劣らずの禍々しさで言った。
「この中に『万魔殿症候群』がいんだろ。悪いことは言わねぇ、出せや」
なんということだろう。
自己紹介からわずか半刻も経たずに教室が火の海。
ついでに乱入してきた輩が『万魔殿症候群』の罹患者を目的に口にする。
転入初日から混乱と混沌がないまぜである。
あたしの学園生活、前途多難なり。
「悪ぃことは言わねぇ。さっさと出した方がお前ぇらの為だ。気持ち悪ぃ奇病患い同士で庇いあっても良い事なんてありゃしねぇ。まだ死にたかぁねぇだろ。言え」
ズレるサングラスで凄みながら中指で押し上げる。
よく見ればコイツ、自分の発する熱のせいでめちゃくちゃ汗かいてやんの。
ま、そりゃーそうだわな。
派手に教室を燃やしてくれてるけど、そもそもこの現象自体コイツの副症状なんだろうから。
「そんな子はいません」
高峯先生が前に出た。
「たとえ居たとしてもアナタにそれを教えることはありません。早く去りなさい」
うむ、カッコ良いぞ高峯先生!
「はっ! ははっ!」
パチパチパチと男が拍手する。
「いやぁ先生、ちっこいけどカッコいいね。
俺っちもアンタみたいな担任が欲しかったよ」
「褒められても嬉しくありません。出ていきなさい」
「そういう訳にはいかねぇ。こっちも理由があって来てる。いいから教えろ」
「知りません」
断固として譲ろうとはしない。
火乃山はそんな先生を見ながら、いやらしい顔をした。
「………あぁ、タダじゃ生徒を売れねーってか。なら、イイぜぇ。『万魔殿症候群』がどいつか教えてくれりゃ一万円くれてやる」
先生の顔がカッと怒りで紅潮する。
「ふ……ふざけないで! そんなお金で生徒を裏切るわけが………っ!」
「な、なんですってえっ!」
イカン。
思わず声が出てしまった。
いや、だってほら。
そんな、誰が病気なのかを教えるだけで一万円くれるだなんて天使か、とか思っちゃって。
玲花が叫ぶ。
「バカ言うんじゃねえ! 金で教える訳ねーだろ! なぁ、瑞月!」
「あ、そう……そうだよね。うん!」
「そうかぁ?俺の周りはトモダチをカネで売る奴だらけだぜ?」
火乃山は親指と人差し指でいやらしい輪を作る。
うん、今の世の中多いだろうな。
事実あたしだって今しがた少し売ってた。
「ま、綺麗事をいくら言ったところで大金積まれりゃ人間変わる。俺っちもそうだ。い〜い話が舞い込んでな」
「いい話?」
この手の人間の口にする「いい話」はだいたいロクでもない話だというのが相場である。
案の定、火乃山が口にしたのも相場通りだった。
「ひっひっ、なんせ『万魔殿症候群』の罹患者を見つけて殺せば、俺っち一億円貰えるって話なんでな。
俺っちぁ心が広くて熱ちぃんだ。報酬が九九九九万円になっても構いやぁしねぇ。
さぁ言え。俺っちは金が欲しいんだ」
ざわり………
生徒たちの間に緊張が走る。
あたしはあたしで変に思い当たる節がある。
『万魔殿症候群の罹患者を殺せば、一億円』
おや? それに似たような話を聞いたことがないか?
「治す」と「殺す」で依頼の方向性は真逆ではあるが、報酬の規模といいタイミングといい、これは何か匂う。
でもまぁ、あたしのが報酬額大きいけどな。
「お前ぇ、それっぽいな? お前が万魔殿症候群か」
がしいっ!
そう言われて火乃山に捕まったのは宇宙飛行士くん。
まずい!
彼が当たりだった場合、そしてヤツに殺られてしまった場合、あたしの依頼が不履行になってしまう!
それはいけないと思うと同時に身体が動いていた。
「ダメ! 逃げてっ!」
ぶぅんっ! とモップを全力で振りおろす。
掴まれていた宇宙飛行士くんがズドンっと地面に落ちる。
あたしは慌てて彼(彼女?)を背中に庇う形で火乃山に立ち塞がった。
『☆■□△っっ!』
すまん宇宙飛行士くん。何を言ってんのか、さっぱりわからん。
「あー? なんだお前?」
何の考えもなしに飛び出してしまったぁぁぁっ!(大後悔)
────さて、目の前には燃え盛るヤバめの奇病罹患者、対してあたしの手には掃除用のモップのみ。
しかし、あたしは七億の為なら貞操も張れる女。
乙女が貞操張れるなら命も張れる。この程度でビビる訳にはいかない!
「今日来たばっかの転入生よ。縁もゆかりも薄いけど、クラスメイトを殺らせる訳にはいかないわ」
「おー吠えるねぇ。俺っち、キラいじゃねぇよ?お前みたいな気の強い女」
ジリっと火乃山があたし達に近づく。
「でも、胸はもうちっとデカい方が好みかな」
「うっさい! 黙れ」
余計なお世話である。
そして、炎のくゆる右手をゆっくりと。
こちらの恐怖心を煽るように伸ばしてくる。
「空気読まずに出しゃばると、死ぬほど焼けて後悔すんぜ転入生?」
その手があたしの前髪を燃やそうと近づいたその時。
「おい。そこの暑苦しいの」
がしいっ!
火ノ山の燃え盛る腕を横からガシッと鷲掴む。
「いい加減にしてもらおうか」
瞬間、ぶしゅぅううううううっ!と水蒸気が教室中に拡散する。
掴んだのは、────玲花だった。