第一症 霊薬少女とクロヤギの手紙 その3
何でそんな事が可能なのかって?
知んない。
物心ついた時から普通にできたのだ。
それに気づいたのは今から十年と少し前。
たまたま小学校の体育で派手に転び、膝を大きく怪我した子がいた。あたしは母さんの見よう見まねで、おまじないと共に自らの唾液を彼女の膝に塗布した。
まあ、ここまではよくある話。
しかし塗布した途端、どうだろう。
見た目にもかなり酷い流血の裂傷だったにもかかわらず彼女の膝はみるみるうちに傷が塞がったではないか。それはまるでRPGで僧侶が使う『回復魔法』の様ですらあった。
それが、あたしが自分の『白医術』を認識した瞬間である。
そんな幼少の頃から才能に気づいたのなら、ここまでの人生さぞお幸せだったでしょうねー、と一部の方は思われるかもしれない。
誤解しないでいただきたい。
残念ながらそうはイカの〇玉、略してイカ玉である。
この話には続きがある。
当時、まだまだ幼かったあたしはそれに気を良くしてしまい、学年いや学校中の怪我をした子供たちを『回復』して回ったのだ。阿呆である。
自分に備わった特別な能力を誇示し、自らの優等性を無闇にひけらかすという単純・単細胞極まりない行為を無作為に続けた結果、その噂を聞きつけた当時のメディアがあたしに目をつけた。
『奇跡の治癒能力を持った少女』として、またたく間にあたしはテレビで雑誌で、一躍時の人となり世間から現代の白魔道士だの癒やし系少女だのともて囃された。
その後どうなったか? もはや語るまでもないだろう。
もちろん各方面で『大炎上』を起こしたのである。
当たり前だ。
こと、現代社会で摩訶不思議な『白医術』などという訳の分からん治療法を扱えるという人間が現れたらどうなるか。当然、大騒ぎである。そして、あたしの周りに群がる人間が大勢現れ始めた。
まあ、詳細は省くがその中にいわゆる良くない人間が数多くいたのだ。
しかし、当時のあたしも母さんも、それを見抜くことができるほど人を見る目に長けてはいなかったのだ。耳障りの良い言葉におだてられ、世情をロクに知らぬ少女は気を良くして、あらゆる依頼にOKで返した。
すると、どうだろう。
あたしの名や『白医術』の効能を語った医薬品や医療品が世の中に溢れかえるほど出回った。
────が、そんなものはもちろん毛程も効果効能のない詐欺商品。
またたく間に苦情は苦情を重ね、次第にあたし自身や家族すらも詐欺師呼ばわりされ、悪質な嫌がらせをおこなってくる輩も日常茶飯事となったが、まあ、この辺までは我慢してればなんとでもなっていた。
しかし、そのうちそうも言っていられなくなったのは、それらの『瑞月ちゃん印の詐欺商品』を相手取って、有名な医薬品総合企業など複数の法人が訴えを起こしたのだ。訴状はそれこそ無数にあったが、それらをまとめて一言にすると『お宅のお子さんの商品のせいで類似した効果を謳う我社の商品も売れなくなった』ということらしい。
そして、難なくこの訴訟が通ってしまい、なぜかとんでもねえ額の賠償請求が我が家にきた(笑)
詰まるところ詐欺師たちは商品の利益だけを持ち去り、責任だけこの瑞月ちゃんに寄越して会社ごと雲隠れした訳だ。この辺になると明らかに『やっちまった』ことは幼いあたしにも理解できた。こどもの小さな虚栄心が、知らぬ間に自らが望む平和で静かな生活を木っ端微塵にしまっていたことに。
まあ、若気の至りである。
おかげで我が家は一家心中寸前の借金地獄に追い込まれ、あらゆる法的措置を講じて何とか木津神家は一家離散を免れたが、莫大な返済額の借金を背負うこととなったのだ。
うむ、余計な身の上話になってしまった。その辺の詳細はまたの機会に。
「うん! 母さん、もういいよ」
『了解』
母さんの足がゾンビくんの背中を離れる。
ピクリともしないが、あたしの『白医術』を浴びた患者は大概がこうなる。しかし、気を失っているゾンビくんの肌は健康色を取り戻し、先刻までの毒々しい表情もどこへやらである。
「ふ……っ、またつまらぬ奇病を癒してしまった」
『パチパチパチ』
いや、拍手とか書かんでいいし。
だが、しかし。
「ふ…っ、ふふっ」
こみ上げてくる感情がゆえにあたしの口元がほころぶ。
「あーはっはっはっは! これで五百万なんだから良い儲け話よねー! これだから『白医術』はやめらんないわぁーっ」
誤解しないでいただきたい。(2回目)
おかげさまで純真無垢な白魔道士は、一連の社会からの洗礼もあって、見事真っ当な金銭感覚を持つ医療経営者となったのだ。無免許ゆえ闇医者という括りにはなるが、『黄金の霊薬少女』という裏の通り名で少しばかり有名にもなった。
こう言っちゃあアレだが、病院だって一つの商売なのである。善意で病気を治して、ご飯を食べられるのなら文句はないが、残念ながら食べられはしないのだ。
とんでもねえ賠償金は支払い能力の有る無しに関わらず、その請求と利子は日毎に増していく。
まさに『タイムイズマネー』である。(ダメな方向の)
その増え方は雪だるま式を通り越して垂直降下雪崩式。普通の感覚なら自決を考えても然るべき金額となっている。
回りくどくなったが、たまにこんなボロい仕事が多少来ようがビクともしないぐらいウチの診療所はド貧乏なのである。
来るなら早く来い白馬の資産家。石油王は先行き不安だからケタ違いのイケメン投資王とか、かもん うぇるかむあーりぃー。
「あ、母さーん。今晩のおかずはなーにー?」
ゾンビくん(本名:加藤史郎くん)を肩に背負いながらスラスラとペンを走らせる。
『もやし炒め(肉抜き)』
「いやぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁっ! もう何日連続なのよぉぉぉぉおおっ!」
『二十日連続(記録更新)』
────と、ゆーわけで今日も惺梛さんのメニューのコンセプト『質素倹約』は揺らぐことはないのである。
そうそう。
一つだけ言わせてもらえれば、あたしはこの奇病だらけの世界における『闘病』の物語の主人公ではない。
あたしはあくまでこの物語を俯瞰し、癒し、記録として残す立場に選ばれただけである。
この可笑しくも儚げで、ともすれば鼻で笑ってしまいそうな奇妙な奇病の物語は肉抜きのもやし炒めと、あたしの悲鳴、そして────
『あ、そうそう。お手紙届いてたよ』
夕飯の献立に、もやしではなく心を痛めるあたしに近づいて母さんは胸元から一通の便箋を差し出してきた。
それは真っ黒な便箋。
宛名も送り主の名前もない。ただ、白抜きの山羊の刻印だけが施された非常に怪しいお手紙。
あたしは転がるように急いで手に取った。
「おおっ! おおぉおおおおおーっ! 久々に来たお! 待ってたお! クロヤギさぁぁぁーん」
────この『クロヤギさんからのお手紙』で始まるのだ。